飯豊の地に受け継がれる祈り
山形県西置賜郡飯豊町大字手ノ子1711。飯豊連峰に抱かれたこの地に、曹洞宗・珠琳山 源居寺があります。寺院の境内には、置賜三十三観音の第2番札所「高峰観音」が祀られています。
源居寺と高峰観音
飯豊町の公開資料によると、高峰観音はもともと洗尾沢と白川が合流する大鹿集落にあり、「洗尾観音」「大鹿観音」とも呼ばれていました。白川ダム建設に伴い、昭和46年(1971年)に現在の源居寺境内へ移され、移設後は「高峰観音」と呼ばれるようになったとされています。
源居寺と高峰観音の関係について、飯豊町広報は、遠藤四郎左衛門を源居寺の開基と伝え、その位牌が源居寺に納められたことを紹介しています。一方で、高峰観音そのものの起源は明確ではないとも記されており、当サイトでも確認できない部分を推測で補わず、今後の資料調査を待つこととします。
小さな十一面観世音菩薩
高峰観音の御本尊は十一面観世音菩薩立像です。山形県の公式観光情報では、高さ約4センチメートルの金製の像と紹介されています。厨子は袋に入れて携行できる形で、伊達家の領地であった時代、遠藤四郎左衛門が戦功の恩賞として授かったものと伝えられています。飯豊町広報では、武将が戦場で無事を祈って兜に納めた「兜仏」に似た像とも説明されています。
大鹿から手ノ子へ
昭和46年(1971年)の移転は、白川ダム建設に伴う地域の大きな変化の中で行われました。白川ダムは昭和56年(1981年)に完成しました。故郷の景観や暮らしが変わる中でも、観音信仰は途切れず、御本尊と堂内資料は源居寺境内へ受け継がれました。
観音堂に伝わる資料
飯豊町広報は、観音堂に明治期の観音講の様子を描いた参詣図や、文化9年(1812年)の奉納札が納められていることを紹介しています。これらは、観音堂が大鹿にあった時代の信仰と地域の歩みを伝える貴重な資料です。
置賜三十三観音 第2番札所
置賜三十三観音は、地域の人々によって守り継がれてきた観音霊場です。高峰観音はその第2番札所で、御朱印は源居寺で受けることができます。山形県公式観光情報では、御利益を「子育観音」とし、観音堂の後ろに咲く水芭蕉を見どころとして紹介しています。
現在確認できること
・曹洞宗、珠琳山 源居寺であること
・置賜三十三観音第2番札所・高峰観音が境内にあること
・高峰観音の御本尊が十一面観世音菩薩立像であること
・像は高さ約4センチメートルの金製と紹介されていること
・昭和46年(1971年)、白川ダム建設に伴い現在地へ移転したこと
・住所:山形県西置賜郡飯豊町大字手ノ子1711
・電話:0238-75-2101
・JR米坂線手ノ子駅から徒歩約10分、駐車場あり
今後の調査項目
源居寺の開創年代、歴代住職、本堂建立年代、源居寺本尊の由来、寺宝や古文書の詳細については、現時点の公開資料だけでは十分に確認できません。寺院所蔵資料や聞き取りによって確認できた内容から、順次追加していきます。
主な参考資料
・山形県公式観光情報「やまがたへの旅」珠琳山 源居寺/高峰観音
・飯豊町「広報いいで」2019年10月号 文化財と随想
・置賜三十三観音公式サイト 札所・朱印所情報
※このページは公開資料に基づく制作中の原稿です。公開前に寺院関係者による確認を行います。